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アートは社会の常識を破壊する? ~レッツ見学記〜

○「問題行動」は誰にとって問題なのか?

 

縁側フォーラムの翌日、こまちだ、野澤、フラットの森田、前田、田淵のうみのもりメンバーで浜松市の中心にある「レッツ」(認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ)を見学しました。アート活動を通して障害者支援をしている事業所です。

 

 

 

 代表理事の久保田翠さんは建築が専門で、スタッフの多くはクリエイターです。新しく建設した「たけし文化センター連尺町」の3階では久保田さんの長男である壮(たけし)さんが重度訪問介護の支援を受けてひとり暮らしをしています。

 

ほかの障害者が滞在できる個室、インターンの大学院生が泊まり、レッツを観光するアーティストや一般の人が宿泊できる部屋もあります。ここを訪れるさまざまな人たちに囲まれて、重度の知的障害があるたけしさんがひとり暮らしをする「実験」をしているのだそうです。

 

たけしさんは四六時中、プラスチックの箱に小石を入れてカチャカチャしています。学校ではそれを「問題行動」とされていました。既存の社会の規範や慣習にどっぷり浸かった目から見ればそうなのかもしれませんが、そうした彼独特の行為に何らかの意味を見出し、肯定する回路としてアートはあるのかもしれません。

 

「そもそも『問題行動』というのは誰が規定したものなのだろうか。『問題』だと思っているのは誰なのだろうか、誰にとって何が『問題』なのか。そして、問題は解決されなければいけないものなのか…」。哲学者や編集者、家族、本人も入って公開で行われた「しえんかいぎ」での久保田さんの言葉です。

 

「わからないと投げ出すのではなく、こうだと決めつけるのでもなく、いろいろ試し、考え、また試すを繰り返す行為をあきらめないこと。そうした中で彼らとの折り合いの付け方が縦横無尽に編み出されてくる」

 

 

○「表現未満、」が意味するもの

 

なぜ、重度の障害があると入所施設を勧められるのか、どうして障害者ばかりが集まるグループホームで障害者は暮らしているのか。レッツの活動は、福祉や教育の枠の中にはめられることの非人間性、非創造性に対する挑戦であり、つまらない社会に対する挑発なのだと思います。

 

1階や2階はふだん障害者がやってきて、いろんなことをしたりしなかったりして時間を過ごすスペースです。支援者もいろんなことをしたりしなかったり。6時間も「しえんかいぎ」をすることがあるそうです。障害者の行動の意味について議論し、支援者や社会の側の問題について言葉を交わす。

 

 

この日は休日だったので、利用者はたけしさん以外にはおらず、職員さんもほとんどいませんでした。NHKのハートネットTVのスタッフがたけしさんのことを取材しており、私たちもインタビューや撮影をされました。

 

 

絵を描いたり、陶芸作品をつくったりすることを支援し、すぐれた作品を展示する。そんな障害者文化芸術のイメージは吹き飛ばされてしまいました。

 

これまでの20年近くにわたる活動を通して、アートが高見をめざしたり、作品をつくることだけではなく、「普通の人の日常を支えてくれるものだとおぼろげに見えてきた」と久保田さんは書きます。個人やその日常の中から生まれてくる文化を久保田さんは「表現未満、」と名付けています。特別な人の特別な行為ではなく、生活に根差した、表現の前の段階にあるようなことなのだそうです。

 

「表現未満、」。レッツのコンセプトは深く重い問いを私たちに投げかけています。アートが秘めている人間理解への魅力的な回路、社会の常識を根底から覆す破壊力、すべての人の人生の確信を麻痺させる悪魔のような陶酔……。レッツの世界をぐるぐる回る言葉の渦の中にいると自分の中にある重心が揺らいでくるような感覚がしました。